JRAの最終レースは、主場が2勝クラスの平場でローカルは1勝または2勝クラスの特別という設定が多い。負けている人が無理な穴狙いに出るためか、人気は割れ気味になる。一発狙う気持ちこそがギャンブルの原点だが、「射幸性を煽る」ことに一定の歯止めをかけてきたのが日本競馬の歴史。

配当が高額になりすぎないように、長らく枠番連勝複式しか売らなかったし、人気馬の取り消し対策として、G1レースには「単枠指定」という主催者の予想行為とも取られかねない制度が存在した(自分が狙った馬が取り消しても、同枠馬がいれば返還にならないため、人気馬は1頭枠にした)。

しかし馬複の導入とともに流れが変わり、三連単にWIN5と高額配当が出る賭式も次々に発売されるようになった。かといってあまりに難しくしてしまうと、宝くじと同じく運任せになってしまい買う気が失せてしまう。個人的にはWIN5は買う気が起きても、トリプル馬単は買う気になれない。

賭式はもうアイディアを出し切ったようで、長らく新種の馬券は売り出されていない。しかし売り上げをアップするための工夫は、各地で行われている。1月に放送されたNHKの番組で、高知競馬復活の物語を見たけれどとても面白い仕上がりだったと思う。

ハルウララという言わば「負け組のスター」で窮地を脱したが、また売り上げが落ち始めたところで「真のスター」シュヴァルグランの登場というストーリー。ちょっと作り過ぎの感もあったけれど、雑賀調教師のユーモアと真剣味に溢れたコメントで視聴者の心に訴えていた。

オンエアの後、更に売り上げがアップしたと聞いて喜ばしい気持ちになったけれどスターホースはいつでもいるわけじゃない。現に今の高知には33頭のA級馬がいるが、2020年はJRA遠征はなく地方他場への遠征で勝ち鞍を挙げたのもマイネルヘルツアスのロータスクラウン賞(佐賀)だけ。

それでも馬券が売れ続けているのは、買いたくなるようなレース編成をしているから。特に「一発逆転ファイナルレース」は、主に最下級条件の馬たちを「記者選抜」として並べている。近況が似通った馬たちを集めて、「何が来てもおかしくない」状況を作って最終レースの射幸性を最大限に煽る。

南関東でもその手法が取り入れられて、浦和や船橋で最下級条件馬の二千あるいは二二という番組が組まれるようになった。JRAだって未勝利戦が秋のローカルまで組まれていた頃は、秋の福島開催の土曜なんて特別3鞍以外は全て未勝利戦だった時代があったのだ。そんな日の最終レースは、難しかった。

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3歳牡馬のフランスゴデイナがアメリカに遠征するということで美浦トレセンで輸出検疫を受けるというニュースが流れた。

フランスゴデイナはドバイでのUAEダービーに出走し6着とまずまずの好走をしたばかりでありこれに続いての外国遠征となる。

この馬は未勝利と1勝クラスを連勝したが重賞やオープン特別での好走実績があるわけではない。

UAEダービーにはサウジダービーを勝ったピンクカメハメハも出走していたが同馬は日本では新馬を勝ったがその後は5戦して敗戦を続けていた。

しかもサウジダービーは初ダートだった。フランスゴデイナにしてもピンクカメハメハにしてもわざわざ外国の重賞に挑戦するほどの実績があるとは言えない。

UAEダービーではタケルペガサスも出走して4着。この馬は未勝利勝後ダートのオープンを2、4着とまずまずの成績を上げていた。

それではフランスゴデイナとピンクカメハメハが外国のレースに出走する理由は何か。両頭には共通するものがある。それは栗東の森秀行厩舎所属という事だ。

というとなるほどという思いを持たれるのではないだろうか。というのは森厩舎はかなり思い切った使い方をすることが珍しくないのである。

なおタケルペガサスは森厩舎ではない(美浦の加藤征弘厩舎)。

森厩舎は昨年のブリーダーズカップのスプリントにジャスパープリンスが出走し14着、またダートマイルにはピンシャンが登録したが出走可能頭数超過で出走できなかった。

外国遠征だけではない。昨年のジャパンカップにはヨシオが出走し最下位、さらに連闘でチャンピオンズカップに出てこれも最下位だった。

ヨシオは重賞勝ちどころか重賞への出走歴も少なくとてもG1に出走するような実績はないといえる。その後障害に転向してしまった。

森厩舎では格上出走することも多いようでユウチェンジは1勝馬でありながらUAEダービーで3着という実績があるからか3歳時から1000万下、2勝クラスに頻繁に出走している。

またユウチェンジはカタールにホッカイドウ競馬の阿部龍騎手で出走させている。

そういえばたびたび外国で走っているマテラスカイも森厩舎だ。

森調教師は通算700勝を超えている一流調教師だが近年は勝ち数よりもいろいろ変わった使い方を目指していえるようだ。



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◆ダービー卿チャレンジトロフィー
テルツェット
テルツェット5代血統表

◆大阪杯
レイパパレ
レイパパレ5代血統表

◆ニュージーランドT
バスラットレオン
バスラットレオン5代血統表

◆阪神牝馬S
デゼル
デゼル5代血統表

◆桜花賞
ソダシ
ソダシ5代血統表

◆皐月賞
エフフォーリア
エフフォーリア5代血統表

◆中山GJ
メイショウダッサイ
メッショウダッサイ5代血統表

◆アーリントンC
ホウオウアマゾン
ホウオウアマゾン5代血統表

◆アンタレスS
テーオーケインズ
テーオーケインズ5代血統表

◆マイラーズC
ケイデンスコール
ケイデンスコール5代血統表

◆フローラS
クールキャット
クールキャット5代血統表

◆福島牝馬S
ディアンドル
ディアンドル5代血統表















専門紙やスポーツ紙では騎手の名前はフルネームではなく省略形で記載される。これは紙面では成績の柱が主体でありフルネームを載せるのはスペースが無駄だからだ。

通常は3文字以下で記載する。2文字以下の姓で同じ姓の騎手が複数いる場合は名の一部を付記する。

横山典、横山武、横山和といった具合だ。武豊騎手は武姓が一人になってしまったが、武豊が愛称のようなものでありそのまま記載されている。

藤田菜七子騎手は藤田姓は一人だけだが藤田伸二元騎手と区別のために藤田菜と記載しているのだろう。

3文字の姓で同じ姓の騎手がいる場合は時により違うようだが佐々木竹見元騎手の場合は佐木竹だった。

ところが2019年デビューの小林凌大騎手はなぜかフルネームの4文字で記載されている。

これはなぜかと思うが凌大騎手がデビューしたときには小林徹弥騎手が現役騎手だった。

小林徹と小林凌では紙面上で同じように見えるために小林凌大としたのだろうか。

小林徹弥騎手騎手は2019年の5月に騎手を引退したが、小林凌大との記載は継続しているのだろう。

中山グランドジャンプを勝った森一馬騎手は森一馬とフルネームにしている新聞がある。この新聞では森祐太郎騎手は森祐の記載であり違いは不明だ。

面白いのは以前には岩手県競馬の専門紙は騎手の表示は2文字だったことだ。

菅勲、佐浩、佐雅といった具合でそれぞれ菅原勲騎手、佐藤浩一騎手、佐藤雅彦騎手だ。小笠原騎手は小笠、小野寺雅彦騎手は小雅、小野寺功騎手は小功だった。

さすがにこれでは省略し過ぎという事か現在は他と同様になっている。




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地震で福島競馬場が使えなくなった代替開催の新潟開催が始まっている。

番組は代替が決まった時に発表されたとおり障害レースが他場に移りそこに3歳未勝利戦が入っている。

本来の第1回福島開催と代替新潟の番組にはいくつかの相違がある。

もちろん福島と新潟では設定されるレース距離が異なるものがあるのでそれは揃えられている。

福島のダート1150は新潟では1200、福島のダート1700は新潟は1800、福島の芝2600は新潟2400になっている。

また特別レースのレース名も変わったものがある。3歳の1勝クラスの特別のレース名はひめさゆり、雪うさぎ、しゃくなげと地域性がないため変わらない。

古馬の1勝クラスは福島の地名がレース名になっているため全て新潟の地名に変わってる。従来に使われていない地名を探すのはなかなか大変だったのではないだろうか。

2勝クラスは共通性のある奥の細道特別は変わらず、また福島中央テレビ杯、ラジオ福島賞、福島放送賞は社杯のレースでありレース名は変わっていないが、その他は地名レース名であり1勝クラスと同様である。

3勝クラスとオープンは毎年行われるのでレース名は変わっていない。

その他での変更点で特徴的なのは3歳未勝利と古馬1勝クラスでダートのレースが大幅に増加したことだ。

3歳未勝利では福島の番組では芝が18レース、ダート20レースだったが、代替の新潟では芝が10レースでダートが39レースだ。

古馬1勝クラスでは福島は芝10レース、ダート13レースだったが、代替新潟では芝が3レースに激減しダートが20レースと増加した。

これは障害レースを他場に移したことと同様に芝トラックの保護と思える。

ところで福島牝馬ステークス新潟に移ってもレース名は変わらない。これは京都改装により阪神、中京に開催が変わったレースも同様である。

しかしかつては開催場所が変わった時に特別のレース名が付けられたことがあった。

小倉大賞典は1969年に阪神で行われたときはセントウルステークスの名で行われ、金鯱賞は1970年に小倉で行われたときは博多ステークスとして行われた。

また七夕賞は1975年から1979年は10月に行われたが76年~79年は七夕の時期ではないということで東北記念というレース名になった。




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先日の競馬週刊誌のギャロップに面白いコラムが掲載されていた。

フランスでは騎乗停止中の騎手が騎乗停止期間のなかでも、希望する日に特別に騎乗できるという制度があるということだ。

これはジョーカーという名称が付けられており騎手は1年間に1回だけ使うことができる。

当然有力騎手なら主要レースにこれを使うだろう。出馬表にはジョーカーであることが記載されるから馬券を買うファンはそれがわかる。

ファンにとっては有力な情報ということだ。

日本ではこのような制度は無く、逆にかつて日本では騎乗停止については全く逆であったことが思い出された。

以前はあるレースで騎乗停止処分が出されるとその次のレースから騎乗できなかった。

いわば落馬による負傷での乗り替わりと騎乗停止は同様に扱われていたということになる。

騎手は調教師に所属しておりその厩舎の馬に騎乗することが原則だった。現在のように騎手はほとんどがフリーで人気騎手に騎乗が集中するわけではなかった。

唯一実質フリーといえたのは福永洋一騎手だけであり、私が初めて関西に遠征したときに専門紙に「今日の洋一」という欄がありその日に福永騎手が騎乗する馬が記されている欄があり驚いたものだった。

当時はレースにおける騎手の比重が現代ほど高くはなかったということだろうか。

ファンも騎乗停止になってしまったのだから仕方ないと考えていたのだろうか。

しかし前売りなどで馬券を買った時とレースで騎手が変わってしまうのはまずいという事で騎乗停止期間は現在のように変わっていったのである。





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前々回はクロフネの追悼記事を書いたけれど、「最終段落のブレイヴェストローマンという種牡馬が古すぎてわからない」と言われてしまった。1976年生まれの長男に訊いてみたが、「高校生の頃遊んでいた競馬ゲームにいたような気がする。」となんとも頼りない答え。

1972年生まれのブレイヴェストローマンは、競走馬としてはアメリカで重賞1勝と凡庸と言っていい競走成績しか残せなかった。日本にやってきたのは1979年、ノーザンテーストをはじめとした輸入種牡馬全盛の時代。100頭に種付けするなんて考えられない時代に、初年度から61頭の繁殖牝馬を集めた。

初年度産駒からオークスを勝ったトウカイローマン、公営重賞を総なめにしたグレートローマンが輩出する上々の滑り出し。2年目の産駒からもランドヒリュウ(高松宮杯など中距離重賞で活躍)が出て、その後も毎年重賞勝ち馬を送り出した。

第4世代に登場した大スターがマックスビューティで、桜花賞とオークスを勝って二冠を制覇。この世代には牡馬にもオサイチブレベスト(帝王賞)とソダカザン(ウィンターS)が輩出したヴィンテージ世代。この時点からはっきりとフィリーサイアーの傾向が見えている。

その後もカリスタグローリ・メイショウホムラ(ともに1988年生)、オグリローマン・フジノマッケンオー(ともに1991年生)と芝ダートを問わず活躍馬を送り出した。南関東でもアコニットローマン(東京プリンセス賞)・カガヤキローマン(東京盃連覇)・キャニオンロマン(羽田盃)が大活躍。

牡馬にはタフネスを伝えるが、ジリ脚の傾向も強く芝の大レース勝ち馬は現れなかった。牝馬には爆発的なスピードと決め手をよく伝え、桜花賞とオークスで2勝ずつを挙げている。牡馬の例外は圧倒的な決め手を誇ったフジノマッケンオーと、短距離でスピードを見せたカリスタグローリ・カガヤキローマン。

クロフネはダートの短〜中距離を得意とするところ、牝馬に活躍馬が多いことがブレイヴェストローマンとの共通点。スリープレスナイト・カレンチャンはスプリント路線、ホエールキャプチャ・アエロリット・ソダシはマイル路線でG1を勝っている。

南関東でオーナーのアドバイザー役を務めたカガヤキローマンはブレイヴェストローマン産駒、トーシンブリザードも母の父がブレイヴェストローマン。クロフネの仔は一口馬主で出資したが、7歳まで計40戦を走り抜いて長く楽しませてくれた。両馬ともに浅からぬ縁を感じる馬だった。

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グリーンチャンネルで競馬イントロドンという番組が放映された。なかなか面白い番組でさらに再放映されることだろう。

私は本来のイントロドンは見たことがないので競馬に関してのイントロドンが初めてという事になる。

競馬に関する問題を3人の回答者の誰が最も早く答えるかというものだ。

問題はレースのビデオを見せてなんというレースで勝馬の名前は?というものだ。

司会はラジオNIKKEIの小塚歩アナウンサー、回答者は競馬ファンで知られるナイツの土屋伸之氏、競馬ジャーナルから津田麻莉奈氏と坂田博昭氏の三人である。

レース名と勝ち馬を当てるにしてもビデオだけではなく、映像無しで4コーナーからの実況だけでというもの、映像だけで実況が無いというもの、ノンセクションとして例えばこのファンファーレはどこのものか、JRAのCM局のタイトルはという問題もあった。

さて私が困るのはこれらの問題でかなりの部分がわからなかったことである。最近のレースが多いからわかりそうなものだといわれそうだが、実は近年のレースだから分からないのである。

この競馬イントロドンは2回目という事で1回目は2年目に放映されたそうだがその時は私は見ていない。

その時の優勝者は兵庫の石堂響騎手だったということだ。当時20歳である。

それを聞くと納得する。私でも若い時はこのような問題はかなりわかったはずである。

昔は競馬仲間といろいろなクイズを出し合った。レースビデオなどは全くなかったから、クイズといえば例えば競馬雑誌の表紙に載せられている馬は何かといったものだ。

現在ならゼッケンに馬名が記されているからこのような問題は意味がなさそうだ。

しかし当時はゼッケンは馬番だけだ。そこで服色とレースの雰囲気で馬名を当てることになる。

それでもかなりわかったものだった。しかし今ではアナウンス付きのビデオを見てもなかなかレースが分からないのである。

これは私の年齢のこともあり、年齢だけではなく競馬に対する情熱が下がってしまったという事かもしれない。

確かに私が若いころのような競馬に対する熱意は今では望むべきもない。

まあ仕方がないというべきことだろう。



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2021年3月の重賞勝ち馬【5代血統表】

◆オーシャンS
コントラチェック
コントラチェック

◆チューリップ賞(同着2頭)
メイケイエール
メイケイエール

エリザベスタワー
エリザベスタワー

◆弥生賞
タイトルホルダー
タイトルホルダー

◆中山牝馬S
ランブリングアレー
ランブリングアレー

◆阪神スプリングジャンプ
メイショウダッサイ
メイショウダッサイ

◆フィリーズレビュー
シゲルピンクルビー
シゲルピンクルビー

◆金鯱賞
ギベオン
ギベオン

◆フラワーC
ホウオウイクセル
ホウオウイクセル

◆ファルコンS
ルークズネスト
ルークズネクスト

◆スプリングS
ヴィクティファルス
ヴィクティファルス

◆阪神大賞典
ディープボンド
ディープボンド

◆日経賞
ウインマリリン
ウインマリリン

◆毎日杯
シャフリヤール
シャフリヤール

◆マーチS
レピアーウィット
レピアーウィット

◆高松宮記念
ダノンスマッシュ
ダノンスマッシュ

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三冠牝馬デアリングタクトの配合を実現した血統表アプリ「熱血」が生まれ変わりました!

WEB版では約22万頭の5代血統表が閲覧できる「5代血統表(β)」を無料開放しております。お試しください。
https://nekketsu.naosan.jp/breed5/

アプリのリリース情報(2020/12/14)
https://nekketsu.naosan.jp/2020/12/14/594/



私が競馬を見ていていつも不思議に思うのは、騎手がフィニッシュの瞬間にどこがフィニッシュラインなのかがなぜわかるのだろうかということだ。

人間のレースであれば陸上競技ではトラックにフィニッシュラインが書かれているし、自転車競技はトラックでもロードでも同様である。

それでも写真判定になるような大接戦の場合は誰がどちらが勝ったか(多くに場合は2者の接戦だが)選手がわからずに手を上げないこともある。

しかし競馬では芝でもダートでもトラックに線は引いていない。

例外はイギリスではフィニッシュの所だけ芝が短く刈ってある競馬場がある程度だ。

大きなレースの場合はテレビ画像の中にバーチャルで、直線では残り距離とフィニッシュラインを描くがそれは視聴者に向けてのサービスだ。

あれはどうやって写しているのかと疑問を抱いたファンがいたそうだが本当にトラックに投影しているのではないのである。

よくゴール板を通過しましたという放送があるがあそこにあるのはフィニッシュ写真撮影用のミラーであってフィニッシュを示したものではないのだ。

もっとも実質的にはフィニッシュを表していることには間違いはないのだが。

しかしそのミラーにしても内埒の外に置いてある。フランスなどの競馬場ではポールの上に赤の丸を置いたものでフィニッシュを示しているがこれももちろん埒の外だ。

JRAでも移動柵がCとかDになって埒とミラーの間隔が広くなった場合に赤丸の表示をすることがあるようだ。

騎手はフィニッシュ時には馬を全力で追っておりミラーの位置を確認している余裕はないように思える。

それでもちゃんとフィニッシュの位置がわかっているようなのである。

その不思議さを感じたのはメールドグラースが出走した2019年のメルボルンカップの中継を見た時だ。

このレースでは24頭という多頭数でありしかも最後はかなりの接戦となった。

馬群は大きく横に広がり内埒にはフィニッシュには赤のマークが付けられていたが馬群の外を通った騎手には見えるはずもなさそうだ。

それでも外の騎手もフィニッシュの瞬間に追うのをやめた。あのようなレースでもなぜ騎手はフィニッシュがわかるのだろうか。

なんとも不思議である。騎手に聞いたらそんなのは当たり前だというだろうが。




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