昨秋、デットーリ騎手がJRAから厳重注意を受けた。「調整ルーム入室前にL.デットーリ騎手が本国のSNS担当秘書にメールした写真を同秘書が投稿した事実が判明しました。…秘書の投稿とはいえSNSに関して誤解を生じたことについて、L.デットーリ騎手に対して厳重に注意をしました。」(JRAホームページより)となっている。

既に下された処分を非難したり、デットーリ騎手を擁護するつもりはない。しかし、調整ルームのあり方には一考を要すると考えている。JRAが「L.デットーリ騎手は調整ルームの守則義務に違反していないものと認めましたが」と付言している通り、ルールに違反した事実は存在しない。

それでも厳重注意せざるを得ない事情は、古い人間じゃないとわからないだろう。調整ルームができたのは1966年だが、その前年に競馬全体を揺るがす八百長疑惑があった。あくまで疑惑に過ぎなくても、この国では昔も今も競馬を含む公営ギャンブルは刑法の適用除外を受ける特別な存在であり続けている。

言ってみれば「グレー」などはもってのほかで、白と言ってもピカピカに光る「パールホワイト」でなければいけない存在。当時は中央競馬会だけでなく南関東地方競馬まで巻き込んだ騒動になり、国会質疑でも取り上げられるほど世間の耳目を集めた。ギャンブルに対する風当たりが非常に強い時代、存続の危機に直結する事態だった。

団塊の世代ならその風当たりを肌感覚で思い出せるけれど、1967年からの美濃部都政下で都が全ての公営ギャンブルから撤退したことからも危機感は本当にリアルなものだった。現在の大井競馬が東京都ではなく「特別区(23区)競馬組合」によって運営されているのも、当時の名残り(オートレースと競輪は廃止になった)。

公営ギャンブルへの信頼回復、というよりは廃止圧力の回避のために生まれたのが調整ルームという制度。複数の騎手に疑惑の目が向けられたが、中にはリーディング上位騎手(現在で言えば石橋脩騎手とか北村友騎手クラス)も含まれていたためかなり厳しい制限が必要とされた。

以上の経緯から調整ルームが「騎手性悪説」に基づいて設計されたもので、人権的な問題を孕みつつも「必要悪」として存在し続けてきたことは否めない。だけれども、いやだからこそいつかは見直さなければならないはず。スマートフォン全盛の時代に、外部との直接の接触を制限することに意味はあるのか。

2015年にルメール騎手が「知人のツイートをリツイートした」件で30日間の騎乗停止になり、明確なルール違反とはいえルール自体を考え直す契機だったはず。JRAの裁決委員も「携帯電話以外にも対外的通信機器が数多くあり、完璧に把握できるのかという点もある。騎手クラブと改善策を考えていきたい。」とコメントしていた。

日刊紙には調整ルームの「功」が報道される機会が多いけれど、外国人騎手には概ね不評であることも事実。JRAなら金曜から日曜までの「拘束」だけれど、週5日開催の南関東はハード。朝の調教をつけ終わったら一旦自宅に戻り、身支度をしてハイヤーで調整ルームへ。騎手に言わせると「缶詰め」、一日も早く見直して欲しい。

◆竹内康光【馬よ草原に向かって嘶け】
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